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あれほどの大きな事件を起こしたオウム真理教の中で、非常に重要な役割を果たしていた上祐史浩さんはなぜ捕まらないのか?」とずっと疑問を感じていました。

(正確には国土利用計画法違反事件等で実刑を受けているのですがあまり知られていません)


「上祐史浩がなぜ逮捕されないのか?」に関する理由を探ってみました。


また、オウム真理教時代、都沢和子さんと恋人同士だったという噂は本当でしょうか?


上祐史浩さんの2018年現在の活動についても調べてみたいと思います!


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上祐史浩の2018年現在の活動は?


出典元:http://news.livedoor.com/


2018年現在上祐史浩さんは宗教団体「ひかりの輪」の代表として活動しています。


2007年5月に設立したひかりの輪は、仏教哲学サークルとして200人ものメンバーが在籍しています。


オウム真理教は無差別大量殺人行為を行った団体への規制により休眠。


1999年に上祐史浩さんが国土利用計画法違反事件で3年の実刑判決を受け、刑期を終えた後、教団に復帰します。


代表役員にはならなかったものの「正大師」という立場で事件を握ります。


その後アレフ代表に就任しますが「脱麻原」を掲げる上祐史浩さんの方針に対し、麻原派だった信者の不満が爆発。


上祐史浩さんは失脚するのです。


出典元:https://matome.naver.jp/


そして2007年上祐史浩さんは新団体の「ひかりの輪」を設立しました。


「ひかりの輪」はオウム真理教の総括と反省のもと作られたと言われ、オウム真理教のように特定の崇拝対象を持たず、信者や大衆を救済するという理念をやめ、人々に癒しをもたらす奉仕の精神を持つことを目的とした団体となりました


しかし「ひかりの輪のメンバーは、オウム真理教時代から引き続き信仰している者が多いこと」・「ゆるキャラの”カワラダくん”を崇拝対象としていること」などから公安調査庁は未だ注意深く観察している状態です。

上祐史浩さんは現在ひかりの輪代表としての活動、本の出版、ネットで「哲学セミナー」の動画配信、各地で講演会を行っています。



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今だに上祐史浩が逮捕されない理由とは?


「ああ言えば上祐」という言葉が流行したように、上祐史浩さんは非常に口が立ち、頭の良い人物として知られています。


オウム真理教の外報部長として活動している当時の動画をご覧ください。



パフォーマンスと思わず説得させられてしまいそうになる話力があったように思います。


そんな上祐史浩さんはオウム真理教時代、麻原に次ぐ位階の「正大師」という立場でした。


1995年10月6日に国土法違反事件で有印私文書偽造などの容疑で逮捕され、懲役3年の実刑判決を受けています。


他にもオウム真理教では生物兵器の開発に携わっており


・生物兵器風船爆弾開発
・ホスゲン爆弾計画
・第7サティアンサリンプラント計画
・亀戸異臭事件


などに関わっていたとされています。


しかしロシア支部にいた時期に一連のオウム真理教の重大事件が起きていたため、起訴されることはなかったため、これらの事件で逮捕されることがなかったのです。


そしてその時期に発生した坂本弁護士事件や地下鉄サリン事件の時も日本にいませんでした。

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上祐史浩は結婚している?彼女の都沢和子を麻原に差し出したはホント?


出典元:https://www.asahi.com/


2018年現在55歳となった上祐史浩さん。


やはり老けましたよね。


上祐史浩さんが結婚しているという情報は見当たりませんでした。


オウム真理教の広報担当として連日メディアに出ていた時は“上祐ギャル”と呼ばれる熱狂的な上祐史浩さんのファンも現れ、ファンクラブもありました。


そのようなことからも、女性を惹きつける魅力がどこかにあったと思われます。


彼女の都沢和子を麻原に差し出したはホント?

そんな上祐史浩さんはオウム真理教時代、2歳年下の恋人・都沢和子さんがいました。


出典元:https://middle-edge.jp/


昭和女子大学短期大学部英米文学科の英語弁論サークルに所属していた都沢和子さんは、当時早稲田大学英語サークルに所属していた上祐史浩さんと出会います。


上祐史浩さんも都沢和子さんもディベートには定評があり、お互いを認め合い惹かれたのでしょうね。


2人は交際を始めました。


そして短大を卒業後、婚約中の上祐史浩さんの後を追ってオウム真理教に入信、出家します。


結婚式の日取りも決めた直後だったというから驚きですね!


都沢和子さんは後にこのように語っています。


「両親と恋人を天秤にかけてやはり恋人をとってしまった」


と・・・。


上祐史浩さんを愛していたのですね・・・。


しかし都沢和子さんのオウム真理教への信仰が深まると共に上祐史浩さんの存在は段々薄れていくことになるのです。


そして自分を幸福に導く存在である麻原と関係し、愛人という立場になります。


しかしながら都沢和子さんは自分よりも下の位の男性と関係を持っていたことが発覚。


麻原は「都沢和子をポア(殺す)するしかない」と激怒します。


それに対し元恋人の上祐史浩さんが「仕方ないですね」と肯定したそうです。


上祐史浩さん、一時は都沢和子さんを恨んだ時期もあったそうですが


「尊師と融合するならばそれは精神的ステージが高くなるんで私と融合するよりはいいと重いので私は恋人を尊師に捧げたい」


と考え、乗り越えられたようです。


つまり麻原に捧げたということですね・・・。


理解不可能です^^;


そんな思いまでして決別した都沢和子さんが別の男性と関係を持ったことを許せなかったのでしょうかね。


しかし早川喜代秀ら3人が「都沢和子は教団に貢献している」と反対し、ポアされることは免れたのです。


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上祐史浩の経歴は?オウム真理教信者だった頃の役割は?


上祐史浩さんは1962年福岡県に生まれました。


両親は銀行員の父・教師の母と、厳格な家庭だったようです。


しかし父の転勤により一家で上京したものの父の女性関係により両親が別居。


母親と2人暮らしとなります。


当時、上祐史浩さんは駅や公園で茫然として過ごしている姿も目撃されていたのだとか。


幼い頃から非常に頭が良く、早稲田大学高等学院、早稲田大学理工学部、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を経て、現:JAXA(独立行政法人宇宙航空研究開発機構)に入社します。


しかしわずか一ヶ月で退職し、もともと関心を持っていたオウム真理教に傾倒していくことになるのです。


オウム真理教信者だった頃の役割

オウム真理教では「外報部長」の役職で教団のスポークスマンの役割を果たしていた上祐史浩さん。


堪能な英語力と口八丁で巧みに詭弁を弄していましたね。


一連のオウム事件が起こる前の1990年は衆議院議員総選挙に真理党として出馬したり、オウム真理教の兵器開発に携わるなど中心的な役割を担ってきました。


またロシア支部に派遣され現地の信者たちに自身が麻原のように信仰の対象になっていたようです。

最後にまとめ


出典元:https://eventon.jp/


いかがだったでしょうか。


2018年夏、オウム事件の麻原を始め、死刑囚たちが次々と刑を執行されたことで、再び注目を浴びることとなった上祐史浩さん。


現在もなお「ひかりの輪」で悟りを開いているようです。


「上祐史浩さんに対し講演会のオファーが殺到している不思議」や「この人も裏の事情を知っており幹部と言う立場だったのに逮捕されていないことに違和感」というネットのコメントに共感です。


オウム事件を直接知らない世代の人たちにとっては上祐さんの巧みな言葉は聞き触りが良く聞こえるのでしょうか・・・。


私は当時まだ子供でしたが、上祐史浩さんのパフォーマンス的な会見や上祐ギャルなどが現れる報道などをテレビで観ていました。


「喧嘩の物腰で話す人は、自分の弱さを隠すため」


テレビのコメンテーターがそんなことを言っていたのを今でも覚えています。


上祐史浩さん、55歳になった今穏やかに話せる人になったでしょうか。


オウムの数々の事件の反省が上祐史浩さんを変えてくれていると良いですね・・・。


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