サッカー・ロシアW杯で大活躍中で「大迫半端ないって」でお馴染みの日本代表FW大迫勇也選手。


「半端ない」と言われるほどの中学・高校サッカー時代は一体どのような指導法を受けていたのでしょう。


また子供時代や家族構成についても気になります。


今日はそんな大迫勇也選手について調べてみたいと思います!


 

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大迫勇也がサッカーはじめたきっかけは?小学校時代のストイックな逸話は?



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3歳からサッカーを始めた大迫選手。


3歳年上の兄の後にくっついて行き、近所の子供たちと毎日泥だらけになってサッカーをしていたのだとか。


小学校3年で万世サッカースポーツ少年団に入ってプレーしますが、全国大会に出るようなチームではなく、少年時代は無名でした。


しかし大迫選手の持つサッカーセンスはずば抜けたもので、技術と集中力はまさに「大迫半端ないって」だったそうですよー!

 

小学校時代のストイックな逸話は?

 

・「6年生になると、同学年の子が大迫からボールを取れないので、一緒に練習したがらなくなった


・リフティングの練習では、チームメートが次々と失敗して別の練習メニューに移ろうとしても、大迫勇はなかなかボールを地面に落とさないためピッチの外で続けていたが、1時間以上リフティングを続けていた。


少年団OBの中学生らが相手になると、普段はおとなしい性格が豹変。ムキになって向かっていった。


 

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大迫勇也は中学でプロ決断?育英館中学校を選んだ理由は?天才ゆえの手抜きに山平義幸監督は厳しく指導?



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サッカーが好きだからこそ厳しい練習も耐えてきた大迫選手。


中学生になる頃、プロになることを決断します!


そして将来国内外で活躍するスポーツ選手の育成に力を入れている鹿児島育英館中学校にサッカー部が新設されることになり、その第一期生のセクションに大迫選手は参加します。


大迫選手に匹敵するような選手は他にもたくさんおり、大迫選手がその中でずば抜けてうまかったという訳ではありませんでした。


しかしゲームをやらせると点をとれるということを面白く感じた山平義幸が大迫選手をチームに入れることを決めました!


ちなみに大迫選手がこの中学校を選んだ理由は


「上級生がいないので、最初から試合に出られるから」


という理由だったそう。


意外とちゃっかりしていますね^^


鹿児島育英館中学校時代は山平義幸監督のもとで、厳しくサッカーを教え込まれます。


情熱的で有名な山平監督は「もっとこい!」・「かかってこい!」などと闘争心を煽りながら大迫選手の秘められた荒々しさを引き出しました。


普段はおとなしく、感情を外に出さないという大迫選手。


山平監督はそういうところを早い段階で見抜いていたのでしょうねー。


山平監督とは服が裂けるほど1対1に励むなど、まさに練習の虫だったそうです!


育ての親である山平監督は現在の大迫選手の活躍に対し


「ハングリー精神と向上心、我慢強さは昔から頭抜けていました。そのメンタリティがあったから、大舞台で仕事ができる選手になれた。後輩のいいお手本になっています」


と語っています。


まさか自分の教え子がワールドカップで決勝ゴールを決めるなんて、監督冥利に尽きますね!


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全国高校サッカー最多10得点は伝説でこの時からハンパない?
高校時代の恩師小久保監督が意識した指導法とは?



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中学を卒業した大迫選手は鹿児島城西高校に入学します。


1年からレギュラーとして試合に出場し、入学と同時にU-16日本代表にも選出されています!


高校時代の恩師小久保監督が意識した指導法とは?

全員が1年のチームの対戦相手は3年生が主体のチームがほとんどだったそうです。


それは自分より格上の相手の前でひるまずにプレーできるようにするため。


大迫選手は臆することなく堂々と立ち向かい、コンスタントにゴールを入れていました。


また小久保監督は


「(大迫選手は)最初はトップ下だったのですが、そこでも点を取るので、より厳しいプレッシャーがかかる場所でプレーさせようとセンターフォワードにコンバートしました。


センターフォワードは後ろに相手を背負ってのプレーが求められるポジション。


プレッシャーを受けながらのボールの受け方だったり、前にターンするところだったり、今も本人が得意とするプレーはすでに完成されていました」


と語っています。

鹿児島県高校総体サッカー競技大会ではあのサッカー強豪校鹿児島実業高校を相手に5ゴールという活躍でチームを優勝に導きます!


そしてJFAプリンスリーグU-18九州1部で8試合10得点を記録し、得点ランキング1位に輝きました!


このほかにも大迫選手の高校サッカー時代、伝説が多くあります。


・高円宮杯全日本ユース選手権準々決勝ガンバ大阪ユース戦ではハットトリックを達成


・秋の高校サッカー選手権鹿児島県大会では全5試合で11得点を挙げる活躍で、部史上初の鹿児島県大会3冠(新人戦・高校総体・選手権)の達成


・第87回全国高等学校サッカー選手権大会では10ゴール10アシストの成績を残しチームの準優勝に大きく貢献した。


高校サッカー時代から大迫選手は大変注目を浴びていたそうですねー。


大迫選手の凄さは対戦相手だけじゃなく、他の学校の関係者もよく知っており、試合が動かなくなってくると「大迫選手がそろそろ出てくるのでは」と周囲がざわざわするほどだったほど。


そして期待通り大迫選手は高校サッカー史に残る選手となります。


精神面鍛えられた高校時代はドイツ留学の糧に?

しかしそんな大迫選手にもうまくいかない時期はありました。


高校2年の時「チームを自分が何とかしなくては」という責任感の強さが仇となり、独りよがりのプレーが目立つことが増えていました。


そのためミスが目立ち、次第に点を取ることが出来なくなっていきます。


そんなスランプを救ったのが小久保監督の言葉でした。


「このままではダメになるぞ。もう少し周りを使ってプレーしなさい。」


一旦預けて、またゴール前でもらうような動きをしたほうがいい」


この言葉を素直に受け入れた大迫選手は、そんなスランプを乗り越え自分自身を変える努力を惜しみませんでした。


そして鹿児島城西高等学校を全国で通用する強豪校にしていったのです。


もともと真面目な選手で、人の意見に耳を傾けられる素直なところがあったおかげですねー。


人間、謙虚さって絶対に必要です!!


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大迫勇也が五輪では落選?落選きっかけで大迫勇也は更にアグレッシブに!


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高校卒業後、Jリーグ鹿島アントラーズ、ドイツ2部の古豪・TSV1860ミュンヘン、1.FCケルンを経て、現在ヴェルダー・ブレーメンに加入しています。


海外にも挑戦している大迫選手は相手チームのディフェンダーとの駆け引きの技術の高さや、視野も広くパスセンスにも優れているなど、オールラウンドな選手ですね。


そんな大迫選手は2012年のロンドンオリンピックでの、U-23日本代表メンバーから落選してしまいました!


アジア予選の時は主力選手でありオリンピックの本選への出場に貢献したにも関わらず・・・。


結果はベスト4という素晴らしい成績に終わりましたが、監督は後に「大迫を選んでおけばよかった」と語っていたそうですよ


落選理由は監督の戦術も?

ロンドンオリンピックでは日本チーム、格上相手との対戦が多いため、関塚監督は2つの戦術を柱としていました。


それは「前線での激しいプレス」「相手の裏を取るカウンター」です。


そのため、大津祐樹選手と永井謙佑選手などの裏を取る動きが得意な選手が選ばれています。


大迫選手はどちらかと言えば相手を背負ってプレーするというタイプですからねー。


落選きっかけで大迫勇也は更にアグレッシブに!

しかし大迫選手はそれくらいのことではへこたれない強い精神力を持っています。


この落選をきっかけに更にアグレッシブになります。


2013年には33試合で19ゴールを決めるなど、素晴らしい結果を残しました!


そして海外でも高く評価されていきます。


落選は残念でしたが、この出来事が大迫選手を大きく成長させるものになったようですねー!


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大迫勇也の家族構成は?ブラジルW杯「ヨザコ」、両親ガックリ事件とは?



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大迫選手は両親と3歳年上の兄と妹と暮らしていました。


3人兄弟の真ん中なのですねー!


私も3人兄弟なのですが、経験上中間子の子供は「長男長女よりも期待値が下がり、末っ子よりも関心を持たれない」ということから、自立心がありフットワークが軽いという印象があります^^


現在の家族は2014年に結婚したモデルの三輪麻未さんと同年に生まれた娘さん(4歳)の3人家族です。



出典元:http://www.kininarublog.net/


現在はドイツで暮らしています。


今回のW杯の活躍も、会場か自宅でパパの活躍を見て盛り上がっているでしょうねー!


ブラジルW杯「ヨザコ」ガックリ事件とは?

大迫選手のご両親と言えば知る人ぞ知るエピソードがあります。


4年前のブラジルW杯のメンバー発表の時にザッケローニ監督が大迫選手のことを「ヨザコ」と読み上げました。



1分15秒くらいで「ヨザコ」と言っています。


一瞬「よざこ?」と誰もが固まった瞬間でした(笑)


息子の名前が呼ばれなかったと思いこんだ大迫選手の両親はひどく落ち込んだそう。



出典元:https://mikumari39.net/


でも、ザッケローニ監督が自らの間違いだったことに気づいてすぐに訂正したことで、大喜びしている様子がテレビで放送され、話題になりました!


このように大迫選手のご両親も熱心に息子のサッカーを応援し、喜んでいることがうかがえます。


良かったですね~!!


父・大迫哲夫さんは野球、母・大迫美津代さんはバレーボールをやっていたそうなのでスポーツ一家だったんですね!


また、ご両親の年齢は公表されていませんが50代半ば~60代前半くらいかなと思われます。


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最後にまとめ


・大迫選手は3歳年上の兄の影響でサッカーを始めました。
 

・小学生の頃から頭角を現し、中学入学前にすでにプロになる意志を固めていました。
        

・育英館中学校を選んだ理由は新設チームで上級生がいないので、試合に出られるから。


・中学時代の恩師・山平監督は、普段おとなしい大迫選手の闘争心を煽りながら大迫選手の内部の秘められた荒々しさを引き出しました。


・高校時代U-16にも選ばれるなど、着実に実力をつけていく大迫選手でしたが、もともとの真面目な性格が災いしてすべて自分が背負い込み、一時はスランプになる時期もありました。


・2012年のロンドンオリンピックでの、U-23日本代表メンバーから落選したことがきっかけで大迫選手は更にアグレッシブになり、海外でも活躍する選手に成長しました。


・大迫選手は両親と、兄・妹の5人家族で育ちました。


・両親は50~60代で野球とバレーボールの経験を持っています。


・2014年ブラジルW杯で代表発表の際、ザッケローニ監督が大迫選手のことを「ヨサコ」と間違えて発言したことから、落選したと思った大迫選手の両親の落ち込みようは「半端なかった」のです。


いかがだったでしょうか。


今、日本中を沸かせているワールドカップ!!


この記事を執筆している今も、日本選手たちが戦っています!


大迫選手はじめ、まだまだ若手にもいい選手が沢山揃っている日本のサッカー。

これからも活躍が楽しみですねー!


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