出典元:http://www.huffingtonpost.jp/


中村奨成選手といえば、甲子園で清原さんを抜く、通算本塁打数を更新して注目を浴びていますね!

しかし、ここまでの逸材になるまでに非常にお世話になった恩師がいたのだとか…

中村奨成選手をここまでの選手に育てた恩師とは誰なのでしょうか?

また、は母子家庭で育っています。

父親と母親の離婚理由とは一体何だったのでしょうか?

気になることを調べてみたいと思います。

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中村奨成は母子家庭?母は大のカープ好き?練習エピソードは?


中村奨成選手が、3歳の時に、父親と母親が離婚しています。

離婚理由は、特には情報はありません。

妹さんもいるので、子供が小さい時に離婚している事になります。

母親の啓子さんに育てられています。

おじいちゃんとおばあちゃんもいたそうで、おばあちゃん子だったと言います。

啓子さんは、子供に野球しかさせたくなかったという程の広島カープのファンです。

小学1年生の時に、大野友星と言う地元の野球チームの団員募集のチラシを見て入団します。

その時は、野球の事はほとんど知らなくて、人と違う方向を向いているので面白そうとキャッチャーになったと言います。

小学3年から、捕手として活躍します。

キャッチボールを、母親相手にしていました。

母親は「ランニングと素振りをしなさい」などと熱心にアドバイスしたりしていたようです。

正社員として働いて、土日に野球の応援やサポートをしてくれていたと言います。

中村奨成選手は、小学生の時に鶏肉が体に良いことを調べて、母親に鶏肉料理をよく作ってもらっていたそうです。

身長181cm、体重78キロと立派な体に育ちました。

中村奨成選手は、大野東中学校の野球部ではなく「大野シニア」という野球チームに所属します。

中学になってからも、時間があれば、母親にバドミントンの羽をあげてもらって、打撃練習をしていたといいます。

捕手で4番を任された中学3年生の時に県大会ベスト8の成績を残しています。

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その身体能力と逸話は?やんちゃな青年が寮生活を経て成長!


中村奨成選手は、小さい頃から身体能力が高く、グラウンドの端から端までボールを投げていたという逸話が小学校には残っています。

また、中学でも投手候補に挙がりましたが、中村奨成選手の球を受けられる捕手がいなかったため捕手になったという話があります。

小さい頃から「日本一の捕手になる」という息子の夢を、母親は懸命に後押ししています。

中村奨成選手は、高校入学を控えて、強豪校からの誘いは多かったといいますが、広陵高校からは積極的な勧誘がなかったといいます。

「人生をなめていた」「『まじめ』というわけではなかった」と本人や同級生は、口をそろえていうように、品行方正ではなかったようてす。

その事が大きな理由だったといいます。

中井哲之監督から、母の支えのありがたさを感じたり、野球にひたむきに向き合ったりする姿勢に欠けると判断されて「そんなやつが野球がうまくなるはずはない」と厳しい言葉を言われたと言います。

この言葉で、中村哲之選手は、広陵への進学を決意して心を入れ替えます。

初めての寮生活を経験して、洗濯や食事の後片付けなど、今まで全て母に頼り切っていた自分を見つめ直したと言います。

母のありがたみに気づいてから、周りに目を配り、仲間と野球をするありがたみを痛感したといいます。

中村選手は、筋トレを行わない一方で、多くのプロ野球選手が使用する910グラム前後よりも重い950グラムの木製バットで鍛錬を積むといいます。

「崩されても芯で捉える」と説明しています。

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清原の記録更新!通算本塁打支えた恩師は誰?


8月22日行われた甲子園の準決勝で、広陵(広島)vs天理(奈良)の試合、中村奨成選手は2本の本塁打を打ちます。

清原和博さんの持つ一大会最多5本塁打(1985年)の記録を32年ぶりに塗り替え、新たなヒーローとなりました。

決勝では、3安打を放って今大会通算19安打となり、第68回大会(86年)に松山商(愛媛)の水口栄二が記録した1大会個人最多安打の大会記録にも並びました。

中村奨成選手の高校通算本塁打は44本。

素晴らしい成績を残しています!

高校生活最後の甲子園は、スタンドで見守る女手一つで育ててくれた母親啓子さんへの恩返しを誓って望みました。

準決勝の試合後には、相手投手の碓井涼選手から「底力」と書かれたカードを渡され「優勝してくれ」と託されたといいます。

「ホームランと優勝はお母さんとの約束だった。優勝はかなえられなかったが、感謝の気持ちを伝えたい」と話していました。

23日に、第99回全国高校野球選手権大会の決勝で、花咲徳栄(埼玉)に敗れ準優勝に終わった後「中井哲之監督と面談した時に、プロの世界で挑戦したいと話しました。

キャッチャーは特別なポジション。

球界を代表するキャッチャーになりたい」と語っています。

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監督は、試合後に中村選手が母子家庭である事を明かしています。

中井監督は選手を指導する上で、野球人である前にしっかりとした社会人になることを求めといいます。

広陵出身のプロ野球選手の多くが大学を経ているのはそのためのようです。

中村選手には、経済的な事もあって、プロに入って活躍できる力をつけなさいと伝えたと言います

高校入学の時に、中井監督は僕という人間を見てくれたと振りかえっています。

打者として失格の烙印を押されたことがあったと言います。

中井哲之監督は「入ってきた時はとんでもないアッパースイング。諦めようと思った時もあり、“プロゴルファーになれ”とも言ったんです」と言ったこともあったのだとか^^;

そんな中村奨成選手、色々な記事で「酒井凜さんが彼女では?」と言われています。

しかし、それはデマのようです。

酒井凜さんは、広陵高校の硬式テニス部で全国大会で入賞するレベルの選手のようです。

アスリートとしてトップで活躍する同級生ということだと思います。

テニスをしている時の画像もありました。

これから、どんなプロ野球選手になってくれるのでしょう。

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