石原プロの全盛を支えた小林専務とは?


70年代にも石原プロが倒産の危機にあった時があったようです。


しかしその頃は、映画だけでなく「太陽にほえろ!」「大都会」「西部警察」などのテレビドラマに進出。


ドラマの中で使う劇場車にも人気があり、当時とても話題になっていましたね。


その時に経営を安定させたのが、元小林専務だったと言います。


石原裕次郎さん亡き後は、小林専務が士気をとっていた。


経営も安定し、順風満帆な石原プロの時代は続きますが、1987年の時に創業者である石原裕次郎さんが他界します。


小林専務は裕次郎さんなしでは、石原プロの存続は無理だと考え、社員に『いったん会社を辞めてくれ』と伝えます。


しかし、今まで裕次郎さんを慕い、また裕次郎さんにお世話になった社員一同、誰も辞める者はいなかったそうです。


辞めるどころか、社員一丸となって『頑張らなきゃ』という気持ちで乗り越えました。


みなさん「石原プロ」の一員であることに誇りを持っているんでしょう、裕次郎さん亡き後も「石原裕次郎イズム」は継承されました。


1989年の『ゴリラ・警視庁捜査第8班』の頃には立て直し社員一同『小林専務についていけば大丈夫だ』と信じていたと言います。


石原軍団の主催のイベントは、炊き出しが行われることが有名。


3000人分の炊飯ができる調理器具があり、1995年に起きた阪神・淡路大震災に駆けつけて炊き出しをおこなっています。


先陣を切って動いていたのが小林専務といいます。


2011年の東日本大震災でも一週間分の炊き出しを行なうなど慈善活動を勢力的にしています。


渡哲也と小林専務に軋轢が…


そんな中、石原軍団の内部では、少しずつ小林専務と渡哲也さんに溝ができてきたようなのです。


2011年に小林専務は退任します、表向きは“糖尿病の悪化”とされていますが本当は「ある軋轢」がありました。


ことの発端は、小林専務とつながりのある「テレ朝女性プロデューサー」。


この「テレ朝プロデューサー」による“口出し”が2000年以降から徐々に増えだしたそうです。


ある“決定的な事件”が起こります。


2002年「西部警察」のロケ中に見物客がケガをするという事故が起こりました、このとき事故処理の手配に尽力した彼女。


その事故を境に彼女の“口出し”はさらにエスカレートするのです。


2007年にドラマ「華麗なる一族」に渡哲也さんは出演が決まっていたらしいのですが、小林専務はテレ朝の番組を優先させます(テレ朝プロデューサーである彼女の差金?)。


その結果、渡哲也さんは「華麗なる一族」の降板を余儀なくされたのだそうです。


そのことがきっかけで渡哲也さんは小林専務を恨むようになったといいます。


先にあげた軋轢もあり、小林専務に辞めてもらう決断を下した石原プロ。


しかしながら、小林専務に辞めてもらうには、組織的な荒療治が必要となったようです。


結果、まき子夫人を除く全役員、渡社長、小林専務、仲川常務、取締役の舘ひろしと神田正輝、そして監査役の渡哲也さんの奥様が退任して、そのときの社員もみな退職する形をとったようです。


退職金は合わせて10億円にもなったそうですから、もの凄いものですね^^;


その後、石原プロは再結成、再雇用をし2次販売コンテンツなどで会社を黒字運営にします。


小林専務を組織的な“荒療治”で追い出したのは「渡社長」と「仲川常務」だと言われています。


小林専務を追い出すために渡社長と仲川常務が結束したわけですが、何やら仲川常務が裏切りに合ったようです…


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週刊新潮で仲川幸夫氏が自身の退任劇を暴露?


元常務の仲川幸夫氏が「今、語っておかないと、これまで40年間、石原プロで勤め上げてきた僕の人生に悔いが残ってしまう」と週刊誌に告白した内容とは?


何とか再結成した石原プロモーション。


仲川幸夫さんは、石原プロ実務トップである常務執行役員になり、2013年に常務取締役に戻ります。


石原プロの役員は「まき子さん」と「仲川幸夫さん」の二人だけになりました。


渡哲也さんは、2011年に社長を辞めても事実上は、渡哲也さんが石原プロの社長だったようで、会社の事は、すべて渡哲也さんに相談していたといいます。


毎月、仲川幸夫常務は会社の経営状態を渡哲也さんに報告。


2016年11月のとある日も、仲川幸夫常務は渡さんの自宅に呼ばれます。


これからの会社の運営についての話になり、渡さんは会社を畳んで「まき子婦人」に資産を戻すのが良いとの考えを伝えました。


一方の仲川さんは、なんらかの形で石原プロの名を残したいと思っていたようです。


会社の引き際に対しての話合いで微妙な意見のズレを渡さんは感じとったのでしょうか。


この日を境に渡さんは「仲川とは考え方が違う」と思うようになったそうです。


仲川氏の失言の内容とは?


2017年の年明けにまき子さんがスポーツ紙のインタビューを受けました。


そのインタビューに同席した仲川さん、インタビュー後に“ある失言”をしてしまいました。


まき子さんが答えたインタビューの内容に「小林専務」を連想させる一説があったそうで、仲川さん、軽い気持ちでまき子さんにこう訪ねてしまったそうです。


「今度、僕を専務にどうですか?」と…


仲川さん曰く、対して深い意味も持たず、軽い甘えの気持ちで口走った「専務」という言葉。


この発言により「仲川は専務(小林専務のように)になりたいのか?」と誤解されてしまいました。


渡さんと「意見が合わない」と感じられてしまった矢先の「専務」発言…


これが退任と本当に関わりがあったのかは、まき子さんと渡さん、そして4月に統括取締役に就任した浅野譲治郎さんの間でしかわからないことです。


統括取締役の浅野譲治郎さんによれば「仲川氏は任期満了での退任」という説明。


しかし、仲川さんが一番心を痛めた理由は、石原プロモーションの新体制で、渡さんが取締役になっていたこと。


これより渡さんが『仲川外し』に関わっていたことが如実になり、仲川さん自身、ショックを受けたようです。


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石原プロモーション解散のシナリオとは?


今の若者世代は、石原軍団と聞いても、ピンときません。


所属タレントも7人位しかいません。


舘ひろしさんなどの後継者を育てようとオーディションなどを行いましたが、なかなかうまく行きませんでした。


舘ひろしさんなども昔なら受けなかったよう仕事をしていますが、目先だけの仕事をしているのでは、今後息詰まるのは目に見えています。


石原プロモーションの新年会といえば、芸能マスコミ関係者への豪華な接待攻勢で宣伝効果がバッグンで、評判もよかったイベントなのに、ここ2年連続で開催されなかったようです。


この新年会は、俳優で前社長の渡哲也(73)をはじめ、舘ひろし(64)、神田正輝(64)ら所属タレントが一堂に会する年始の恒例行事でした。


「1万円のお年玉を参加者全員に配る大盤振る舞いで知られ、取材に行った際も各地の名産品や高級なお菓子、食品などお土産がよかったんです」とマスコミ関係者は語っています。


なぜ、このイベントをしなくなったのでしょう?


それは、故石原裕次郎氏(享年52)の資金を使い切ったからとも言われています。


27回忌の費用は30億円だったと言われています。


石原軍団にとって一番の大口スポンサーは消費者金融の武富士でしたが、過払い金請求による損失などで、武富士は2011年に経営破綻しています。


あとの2大スポンサーである宝酒造、オートバックスも消費税が8%に上がってから、大規模なバックアップを縮小してきました。


やはり、当時のように羽振りの良いお金の使い方ができなくなった石原プロモーション。


時代の波により、今後活躍の場や需要がなくなれば倒産もあり得ます、噂によれば東京オリンピック前に解散?とも囁かれています…


しかしながら、倒産は裕次郎さんのブランドに大きな傷つけることになるので、倒産ではなく会社を自主的に解散する形をとる日も近いのかも知れません。


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