1989年に第1回ミスチャンピオンで準グランプリを獲得した鈴木蘭々さん。
デビュー当初はCMや表紙モデルなどで活躍されていました。
1993年頃からはドラマやバラエティに出演。
「ダウンタウンのごっつええ感じ」で演じたコミカルな演技や、1994年から「ポンキッキーズ」で安室奈美恵さんとの「シスターラビッツ」で注目され長年に渡りレギュラーを務めていましたが突然1998年ニューヨークへ留学。
最近、テレビで久しぶりに姿を見ることができ、懐かしくも嬉しく感じていたのですが、今まで語られなかった衝撃的な事実を知ることになりました。
明るい印象の鈴木蘭々さんにも隠された苦悩があったのです…
鈴木蘭々、成功の裏にあった兄の死とは?
鈴木蘭々さんは、18歳の時に、当時26歳だったお兄さんを亡くしています。
鈴木蘭々さんの兄は、生まれつき軽い知的障害(ダウン症だったのでしょう)を持っていた為に、「なんでこんなことができないの」と言って、兄を悲しませたこともあったそうです。モデル業が忙しくなり、一人暮らしを始めたばかりの蘭々さん。
お母さんが外出した、15分間の出来事で、あまりにも突然過ぎて誰も看取ることができませんでした。
家族の最後を看取れないことは大変つらいことです。
死因は心筋梗塞でした…
お兄さんは本当に心のやさしい人で、知的障害のことでいじめられても怒ったり、反抗することもなかったそうです。
なぜか、お兄さんがなくなってから蘭々さんはブレークを果たすようになっていきます。
『解決!ナイナイアンサー』で語った兄への想い
兄さんを亡くして以降、蘭々さんは、今までは落ちていCMオーディションなどに受かるようになり、CMの女王と言われた時期がありました。
その後『ポンキッキーズ』への出演も決定し、ブレークのきっかけとなり、長年レギュラーを務めることになります。
しかし、胸中は複雑だったようですね。
「それは、兄が本当は神様からもらう分の幸せを奪ったんじゃないか?
願いがかなえばかなうほど、うれしい一方、後ろめたさがあった」とナイナイアンサーで語っています。
鈴木蘭々さんの苦悩の表れです。
当時は素直に、ブレイクを喜べなかったんですね。天真爛漫なイメージだったのでまったく気づきませんでした。
『解決!ナイナイアンサー』に出演した時、「真実が分からないけど、後ろめたい思いはある。兄から命をいただけた分までこの先何があろうとも頑張らないと。兄のことがあったから頑張ることができます。」と語っています。
20年間一日も忘れたことはなかったとも言っていました…
現在、無劣化の蘭々には同棲中の意外な相手がいた?
1998年(平成10年)、23歳の時にニューヨークに留学してから、あまりテレビで見なくなったかんじをうけますが、バラエティよりも、舞台やドラマ、映画などで今も活躍されています。
また、鈴木蘭々さんは、肌が弱かった為、WOORELL株式会社」を設立し、独自の化粧品ブランドNARIA COSMETICSを立ちあげています。
現在も美容に気を使ってらっしゃるので、40歳になった今も劣化とは無縁です。
今も独身の蘭々さんですが、実は一緒に暮らしている彼氏?がいらっしゃいます!
それが、愛猫の風太くんとマロちゃんです!
鈴木蘭々さんのプログにも度々登場しているお二人です。
元々、結婚願望はそんなに強くないようで、一人でも寂しさをあまり感じないという事で、現在も結婚する予定は全くないそうです。
もったいない気もしますが、自立して独りを楽しめる女性としてとても好感が持てます。
きちんと自分を持っことができるなんて素敵ですね。
愛猫ちゃん二人との生活が今はとても幸せなようです。
ほとんど知られなかった、辛い過去を乗り越えた鈴木蘭々さんは、25周年記念ライブをしたり、女優業もされて、勢力的に頑張っています。
あまり知られなかった鈴木蘭々さんのプライベートの一面を知ることにより、近親感を覚え、これからも更に応援して行きたくなりました!