天龍源一郎は1950年2月2日生まれの元プロレスラー。

天龍さんは、大相撲・二所ノ関部屋に入門して前頭筆頭まで昇進しますが、1976年10月に廃業して全日本プロレスに入団しています。

11月には、プロレス・デビューします。

80年代後半に天龍革命を起こして一大ムーブメントを起こし、プロレス界の頂点に立ちます。

特にジャンボ鶴田との一騎打ちは有名で「鶴龍対決」と言われ今でも語り継がれています。

2009年の年末にハッスルが事実上活動を停止してしまったことから、天龍さんはマットを失ってしまい、しばらく鳴りを潜めていましたが、2010年4月に天龍プロジェクトを旗揚げして、活動を再開します。

そんな天龍源一郎さんですが、2015年の11月15日にプロレス界を引退しました。

普通、ある程度の歳になると前試合などの余興試合をしたり、引退したりするものですが、65歳までプロレスの第一線で活躍していたその姿は「生きる伝説」とまで称されています。

天竜プロジェクトって何?

「天龍プロジェクト」は日本のプロレス団体である。天龍プロジェクトの興行に係る各種業務を切り盛りしているのは娘である嶋田紋奈さんです。

娘さんの嶋田紋奈さんが代表を努めています。

天龍さんが引退してからは、天龍さんの本やDVDの販売から、メディアへの出演など活動の幅を広げています。

現在はあのハスキーボイスの声を武器にして、バラエティー番組での出演が多くなりました。

映画「LIVE FOR TODAY-天龍源一郎-」も全国で公開する予定です。

ドキュメンタリー映画で65歳になった2015年2月の引退発表会見から、同11月の引退試合までをおいかけています。

天龍さんの所属事務所はEXCELLING(エクセリング)です。

この事務所の社長が『木谷真規』さんです。

なんと、事務所の社長は昔、電波少年で斉藤ゆりという名前で活動していて、電波少年地球防衛軍のピンク・五択の斉藤として活躍していたみたいです。

当時所属していた芸能事務所を引き継ぐ形で、代表取締役社長の座に就いています。
 

天龍源一郎の声が聞き取りづらい理由

やはり天龍源一郎といえば何を言っているのかが聞き取れないハスキーボイスが魅力的です。

天龍源一郎の声は専門家に言わせると、ハスキーボイスというより雑音だそうでトイレを流した際に聞こえるボコボコ音が、一番似ている感じだと言っています。

しかも声がハスキーボイスなだけでなく滑舌も悪いので、家族でさえ何を話しているのかが聞き取れない事がありますが、家族間のルールで、聞き返していいのが2回までと決まっているそうです。

天龍源一郎の声がガラガラになった原因を探ってみました。

天龍源一郎さんは昔は声が高かったみたいで、先天的に声がガラガラだったわけではないようです。

一つ目の原因として考えられるのはプロレス選手は結構聞き取りにくい人が多いです。

長州力さん、本間朋晃さんなどが有名です。

何故かというと、試合中に喉に対してのチョップやラリアットの技で喉仏を負傷してしまったり、声帯を傷つけたりを、繰り返しているうちに声がでにくくなってしまいガラガラになってしまったようです。

プロレス技を何度も受けると声帯だけでなく、体全体に相当な負担がかかっているでしょうね。

そしてもう一つの原因と考えられるのが、
「お酒の飲みすぎ」です。天龍源一郎さんの信条としてあるのが「お酒を飲まないやつは信用しない」といってるくらいの酒好きで有名です。

「天龍源一郎 酒羅の如く」とお酒のエピソードをまとめた漫画が出版されるほどです。

好きなものでも、お酒は程々にしないといけませんね。

娘である嶋田紋奈と父との仲は?

娘さんは嶋田紋奈(あやな)といいます。

1983年7月8日生まれです。

天龍源一郎が立ち上げたプロレス団体『天龍プロジェクト』の代表に就任します。

父・天龍源一郎を陰ながら、常に支える大切な存在になっています。

天龍プロジェクトを旗揚げしてから、「プロレスラー天龍源一郎」と24時間一緒にいたそうで、この世界で、唯一天龍さんの話している事を同時通訳出来る人だそうです。

結婚について「どこの家に嫁いでも100点満点の嫁になれると思います。」準備はできてますよ、と語っています。

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