小林麻央 画像
出典元:dot.asahi.com



先日、34歳という若さで死去した小林麻央さん。

健気に病と闘う姿をこまめにブログにアップし、幼い子を持つ親、同じようにがんと闘っている患者などの励みになっていましたね。


訃報が流れた時はあまりの早い死に多くの人たちが涙しました。

がんが発覚した当時、小林麻央さんの進行度はステージⅡであったと推測されていますが、それであれば95.2%の5年生存率であったはず。

それがたった2年8か月でこの世を去ることになってしまった背景には、小林麻央さんをはじめご主人の市川海老蔵さんがあらゆる民間療法騙される結果に、がんと闘うべき1年8か月と言う大切な時間を費やしてしまったからではと言われています。

小林麻央さんの死は、とてもお気の毒なことですが他界してしまった今、後悔をしても時すでに遅し、です。

ブログに語られなかった1年8か月の空白期間の海老蔵さんの3つの過ちについて調べてみました。

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1つ目の過ち
再検査が遅れた?


2010年、歌舞伎俳優・市川海老蔵さんと結婚し、その後2人の子宝に恵まれ、順風満帆な生活を送っていた小林麻央さん。

歌舞伎俳優の妻として、未来の跡継ぎの母として毎日多忙を極めていたと言います。

そんな小林麻央さんの身に異変が起こったのは、2014年2月のことです。

職業柄、市川海老蔵さんは普段から健康には人一倍気を遣っており、定期的な人間ドッグを受けていました。

しかし「海老蔵さんの付き添い程度の気持ちで人間ドッグを受けた」小林麻央さんの左乳房に腫瘍があることが判明、再検査を受けました。

しかし、当時生後11か月の息子・勸玄くんの授乳中だったことで「授乳中のしこりなので心配ありません。念のため半年後にまた検査をしてください」と言われたそうです。

小林麻央さんは母乳育児をしており、乳腺の詰まりなどを取るために週に1度母乳マッサージにも通っているほど、おっぱいには人一倍気を遣っていたそうです。

そのため、授乳期のしこりをいちいち乳がんの心配をすることはないと思い込んでいたようですね。

その上、お医者様からも心配ないと言われたら、その時点で更なる検査=「生検(細胞の一部を切り取って調べる方法)までする必要性があるのかなと思いますよね。

私の妻も授乳期は、乳腺が張り、しこりが出来ることは日常茶飯事だといっていました。

乳腺が詰まっているのかな~程度しか思っておらず、マッサージをすればすぐにしこりは取れましたし、授乳中は乳がんの検査は出来ないと思い込んでいたので、たまたまガンでなかったから良かったものの、今となっては無知ほど恐ろしいものはないなと思います。

授乳期の乳がんの検診は可能です!
ただ、授乳中は乳腺が発達していて乳腺濃度が高いため、診断が難しいと言われています。

乳房専用のX線撮影であるマンモグラフィー検査は、通常期であれば小さいしこりやしこりになる前段階の石灰化まで見つけられるので早期の発見に有効です。

しかし、授乳期は乳腺の発達により見つけにくいようです。

そのため、乳房表面にゼリーを縫ってプロープという内部を検査する超音波検査の方が有効のようですよ。

授乳中だから大丈夫!という根拠のない思い込みは捨て、おかしいなと思ったら早めに検査をすることが大切ですね。

小林麻央さんは後にブログで

「あのとき、もっと自分の身体を大切にすればよかった
あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった
あのとき、信じなければよかった」
引用:小林麻央ブログKOKORO

と綴っています。

後悔の気持ちが痛いほど伝わってきて心が痛みます。

タラレバになってしまいますが、もし授乳期でなかったら違った判断をされ、結果は大きく違っていたかもしれませんね。

しかし、ここで大きな過ちを犯してしまうのです。

再検査を半年後に勧められていたはずでしたが、そこから2か月も過ぎてから小林麻央さんは勸玄くんと遊んでいる時にふと触った左胸にパチンコ玉大のしこりを感じたのです。

そこで下された診断は、乳がん。


すでにリンパ節への転移も確認されました。

この時、ステージと呼ばれるがんの進行度はステージⅡだったようです。

ステージⅡの特徴は、2cm以下のしこりでリンパ節に転移している状態または5cm以下の大きなしこりでリンパ節に転移していない状態
引用:全国がんセンター協議会「生存率協同調査(16年2月)」より


若い人はがんの進行が早く、例え2か月であってもそれは時間を大きく経過させてしまったことになるのです。

再検査が遅れた?これが残念ながら小林麻央さんの過ちのひとつでした。

しかし、乳がんの治療をした人の内、5年後に生存している割合を示す「5年生存率」はステージⅠが99.9%、ステージⅡは95.2%と、他の臓器のがんに比べて極めて高い生存率だと言われています。

確かに再検査が遅れてしまったことも、小林麻央さん、大きな過ちではありましたが、この時点ではまだ命は助かる可能性は大きかったと言えます。

それでは他に理由があるのでしょうか?

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2つ目の過ち
標準治療を拒否?


一般的に乳がんが見つかると、状況に応じて外科手術や抗がん剤の投与などの化学療法、放射線治療などが選択されます。

この手術・薬物・放射線治療が「標準治療」の3本柱とされています。

状況に応じてこの3つを組み合わせて治療することで、小林麻央さんの場合も十分がんを克服できる可能性は高かったと言われています。

しかし小林麻央さん、市川海老蔵さんはそんな医師の提案を拒否。

“切らないで治す”方法を模索したのです。

その理由の一つとしては、小林麻央さんの3人目への夢。

夫妻にはすでに麗禾ちゃん、勸玄くんという子供たちがいます。

小林麻央さんは実姉の小林麻耶さんと“一卵性姉妹”と言われるくらいの仲良しで知られており、麗禾ちゃんに妹を作ってあげたいという気持ちを持っていたようです。

そして市川海老蔵さんも男兄弟がいなかったので、勸玄くんにも弟を作ってあげたいという気持ちを持っていたことから、標準治療を拒否したのです。

抗がん剤の投与を使うと、薬の影響で排卵が停止してしまうなどホルモンに大きな影響を与えることが懸念されますからね。

後のブログで、小林麻央さんは3人目妊娠への想いはあったけれど、病気のせいで叶わなかったことを吐き出しています。

「子供は2人いますので、3人目は考えていません」と何の強がりなのか言ってしまったが、私は、ふたり姉妹で育ってきたので、麗禾に妹ができたらな、とか勸玄にも分かり合える弟ができたらな、と思ってきた気持ちは、高望みだと一気にかき消した

結果から見てみれば、小林麻央さんはまだ見ぬ子供への気持ちよりも、今目の前にいる子供たちのためにこの世に残る選択をして欲しかった・・・と思います。

子どもが2人いるから良いじゃないか、という意見もあるでしょう。

しかし、子供を望んでいるにも関わらず授からない人は「1人でもいる人は良いじゃないか」と思うでしょうし、すでに1人いても2人欲しい人も、2人いても3人欲しい人もいる・・・と言うように、周りが何と言っても欲しいものは欲しいのです。

この標準治療を拒否するということがご夫婦の出した答えなのでしょう。

例え後悔することになったとしても・・。

関係者の話によると、もうひとつ標準治療を拒否したと言われる理由があるようです。

昨今「セカンドオピニオン」という言葉が浸透したことから、自分に適した治療を受けられる選択肢が格段に増えています。

ネットでも病気に関する膨大な情報を簡単に調べられることから、病院で受けられる標準治療を「最低限の治療」と誤解する人も多いのだそうです。

お金さえ払えば「標準治療とは一線を画した特別な治療法がまだあるはず!」という考えに陥ってしまう人も少ないとか。

結局、より良い治療法を模索している内にがんが進行してしまい、気が付いた時にはもう治療方法の選択肢が少なくなるなど、手遅れになってしまうこともあるようです。

しかもちょうどこの頃に、元慶應大学医学部講師の近藤誠医師の著書「医者に殺されない47の心得」が110万部を超えるベストセラーになった時期でもありました。

近藤氏は積極的にがんを放置する治療方針で、標準治療では行う「手術や抗がん剤治療は無意味」とバッサリ。

医学界では常識である標準治療を根底から覆す近藤氏の発言は賛否両論ありましたが、がん患者に対するインパクトは絶大で、この頃あちこちの病院で手術や抗がん剤治療を拒むがん患者が続出したそうです。

そういった風潮が、小林麻央さん、市川海老蔵さんの心に何らかの影響を与えたことも考えられます。

>>トリプルネガティブ乳がんって何?ステージ4、小林麻央を襲った恐怖。


標準治療を拒否してからは病院を移り、最善の治療を模索することになるのです。

がんと闘う妻のために、市川海老蔵さんは最新の治療から数多くの民間療法までありとあらゆる方法を探したそうです。

市川海老蔵さんはいずれ十三代目・市川團十郎になる身。歌舞伎俳優として日夜稽古に舞台に、非常に忙しい日々を過ごしています。

そんな中でもなんとか時間を作ったのは、自分を変えてくれた妻を何としても守りたいという一心だったのではないでしょうか。

以前はいわゆるヤンチャでバッシングを受けることが多かった市川海老蔵さんでしたが、生前小林麻央さんは一度も責めることはなく「それが歌舞伎に必要だと思うなら、私はあなたを信じます」と伝え、そんな言葉を誰にも言われたことがなかった市川海老蔵さんは深く心を動かされてそこから変わることができたと言います。

本当によく出来た妻だったのですね。

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3つ目の過ち
民間療法の気功とは?


信じていた民間療法が結果を出せず、焦りを感じていた頃でしょうか。

小林麻央さんは医師の勧めで聖路加国際病院に入院しました。

しかし身体は痩せこけ、もう乳房から膿が出てしまうほど乳がんは進行し、かなり悪化していたのです・・・。

ここまでひどい状態になってしまったのは、全く療法にならない気功療法を続けていたからだと言えます。

民間療法の気功とは?某掲示板サイトによると「ベッドで仰向けの患者さんに私の手のひらをかざして気を通していきます。大きなエネルギーが通る背骨の真ん中をめがけて。病気になるのは体の波動力エネルギーが落ちてるから・・・略」

つまりは、気功療法によって免疫力を高めてがんの増殖を抑え込むという施術のようですが、何の医学的根拠はありません。

しかし、市川海老蔵さんはその効果を信じていたようですね。

2015年6月6日のブログでは、「気功?」と題した自身が公園のようなところで手を顔の前に掲げている姿の写真が掲載されています。

この頃がまさに小林麻央さんを民間療法で完治させようとしている時期ですね。

結果として瀕死の状態になってもなお、聖路加国際病院でも「標準治療」を拒み続けた市川海老蔵さんと小林麻央さん、悔やんでも悔やみきれません。

「あのとき、信じなければよかった・・・」

というブログと同じ後悔の言葉が、天国から聞こえてきそうです。

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切るか切らないかは本人の意思だが、エセヒーリング治療には注意が必要。


市川海老蔵さんは風水や占いにも傾倒しており、東銀座のパワーストーンの店を訪れていたりと普段から信心深い人のようです。

そのため、小林麻央さんの治療もそういったスピリチュアル的なものに頼る傾向があったとか。

どこの民間療法のクリニックに行って藁にもすがる気持ちはよく理解できますが、それで治るのなら、病院や医師はいりません。

冷たい言い方かもしれませんが、がんがなくなることはないのです。

実際今年1月に日本テレビで放送された密着特番「市川海老蔵に、ござりまする。」の中で、市川海老蔵さんは当時の様子を「早かったら、3・4・5月でたぶんダメだった。夏は絶対に無理だと思った」と小林麻央さんの余命が短いことをうかがわせる発言がありました。


しかし、それから一年以上も小林麻央さんが生きたことは決してエセヒーリング治療によるものではなく、小林麻央さんの「生きたい」という強い意志が奇跡を起こしたからなのです。

市川海老蔵さんの会見から4か月後、顎にまで転移してしまった小林麻央さんは自宅で家族と1か月を過ごした後、最愛の子供たちと夫、父親、母親、姉に看取られて天国へと旅立ちました。

こうなってしまった以上「あの時ああしていれば」・「こうしていれば」と後からと言っても仕方がないことです。

しかし、切る・切らないは本人の意思だが、少なくとも耳障りのいいだけの不確かな煽り文句のエセヒーリング治療には注意が必要です!

私たちに必要なのは「統計や調査、研究に基づいた正確な情報を取捨選択し、その時必要な治療を受けること」です。

まず「生きることを第一優先にするために何をいつやるか」に尽きます!

小林麻央さんの生前のブログ「KOKORO」や市川海老蔵さんのブログには、残念ながらこのヒーリング治療に傾倒していた1年8か月の出来事が記されていません。

あれだけ日々の出来事を事細かく公開しているのに、そこの部分だけが空白になっていることは違和感を感じざるを得ません。

がん患者さんや、その家族が陥りやすいエセヒーリング治療の無意味さやどこの民間療法クリニックで受けたのかなどをブログで公開してくれたら、影響力が非常に強い2人のブログですから、多くの人たちがそういった輩から騙されることなく、手遅れなどにならずに済むと思うのですが。

しかし、可愛い子供たちと最愛の夫を残して先に旅立たなくてはいけなくなった小林麻央さんの無念さを想うと胸が痛みます。

今は市川海老蔵さんが傷ついた子供たちの支えになりながらも、自身も子供たちに支えられているという様子がブログから伝わってきますね。

小林麻央さんの人生が、今後治療に悩まれる方、現在治療をしている方の、何らかの道筋になればと思います。
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